歴史と素適なおつきあい

カテゴリ:京都の歴史散歩( 1 )

京都王城守護散歩

歴史と素適なおつきあい 番外編 2006年秋




鞍馬口~上御霊神社~幸神社~下鴨神社

1.上御靈神社 かみごりょうじんじゃ


御霊とは憤死した人を祀ること。
早良親王、井上大皇后、他戸(おさべ)親王、藤原広嗣、橘逸勢(まさなり)、文屋宮田(た)麿(まろ)、、吉備真備、菅原道真(出雲族・野見宿禰が土師氏になり、後菅原に改姓)
応仁の乱発祥地。近くの学校のお弁当スポットになっている。


2. 幸神社  さいのかみのやしろ
  
猿田彦大神・相殿に天鈿女(あめのうづめ)命(のみこと)(猿田彦の妻)
  平安京造営時、鬼門を守る役目として桓武天皇が造営。社殿東北に左甚五郎作といわれる猿の像がある。 
 
サイノカミとは塞神でふさぐ意味があり道祖神である。
  平安京造営前から出雲族の氏寺上出雲寺の鎮守として存在していた。
  旧山城国愛宕(おたぎ)郡「出雲郷」の地で出雲路の道祖神といわれる。名物は唐板の煎餅。
  御所はもとは千本通りにあり、今の御所の西にあった。


3.下鴨神社 賀茂御祖神社 かもみおやじんじゃ  

賀茂(かも)建角(たけのつぬ)身命(みのみこと)・玉依(たまより)姫(ひめ)命(のみこと)
京都でもっとも古い神社。賀茂氏の氏神。平安京遷都後は鬼門にあり、王城守護としてあがめられた。
賀茂建角身命がおじいさんでその娘が玉依姫、その子が上賀茂神社の祭神の賀茂別雷命である。賀茂建角身命は熊野の八咫烏である。

世界文化遺産。名物はみたらし団子。糾しの森散策。
  





出雲考

出雲の地名の由来


1.島根の出雲の語源は稜威母といい、イザナギからきた地名であるという。

2.出雲を平定したスサノオの喜びの歌 「八雲たつ 出雲八重垣 妻篭みに 八重垣作る その八重垣を」というスサノオノミコトが詠んだ歌からが語源。最初の和歌といわれている。

3.雲はあまりいい意味では使われない語といわれる。例をあげると
「雲たちわたり」といって我が子に危機が迫っていることを教えた神武の妻ホトタタライスズヒメの歌や、柿本人麻呂の「痛(あな)足(し)川 川波立ちぬ巻向の 斎槻(ゆづき)が岳に 雲居立てるらし」の雲居は身の危険を詠ったという。柿本人麻呂は刑死あるいは災害死ともいわれているが謎に包まれた死をとげている。
雲を蜘蛛と読みかえてみると、土蜘蛛と考えられ王権にさからった民のことをいう。
「土蜘蛛が一斉蜂起した(八雲たつ)幾重にも取り囲め。妻は手篭め(妻篭め)にせよ。蜘蛛の血を絶やせ。逃亡できぬよう幾重にも垣を作れ」(八は数が多いこと)と解釈される。



出雲はどこにあったのか?

* 相撲の発祥は桜井の穴師である。ここで当麻蹶早(たぎまのけはや)と野見(のみの)宿禰(すくね)が闘った。
当麻は二上山麓、野見は出雲の住人である。記紀に急いで即日に当麻の対戦相手の野見宿禰を出雲に呼びに行ったとあるが島根県は遠い。大和の出雲と考えられる。


*桜井の大神神社近くに出雲がある。出雲大社の祭神オオクニヌシと大神神社の祭神オオモノヌシ(オオナムチ)は同一神であるといわれる。出雲人形がある。(埴輪の土師部)


* 神亀3年(726)の戸籍計帳に山背国愛宕郡出雲郷・雲上里、雲下里から出雲臣が
25人逃亡とある。うち半数が女性である。(スサノオの歌から女性の逃亡が多いとも考えられる)連年逃亡者をだす住み心地の悪い場所であったのか。
「大平記」に出雲路河原とある。出雲郷は河原だったのである。加茂川の氾濫で水に悩まされた土地で、やっと江戸中期に堤防が造られた土地で安心して住めるようになったのは幕末である。
 
ここに幸神社があるが出雲路の道祖神といわれるわけは?

「出雲路とは出雲郷をいう。案ずるに延喜式・出雲井上神社あり。又出雲寺あり。郷名はこの社名にちなむ。しかして盛衰記に賀茂の原西、一条北辺におはする道祖神をあるを思うに出雲神社の通路なり。出雲御霊の神の荒びを中途に塞ぐ意よりでたるか。」地名辞典より

以上のことで、出雲路にはまつろわぬ人々が閉じ込められ暮らしていたことが感じられる。古代、別所といわれた場所ではないか。島根県の出雲ではなく桜井の出雲、そして移住させられたと思われる京都の出雲、これが記紀のいう出雲なのではないか!

古事記にある国譲り神話は温和に話し合ったものではなく、大きな国家であった出雲を大和政権が滅ぼし、祟るといわれたオオモノヌシを三輪山に祀り、オオクニヌシは出雲大社に拝殿方向に向かされずそっぽを向いた形で祀られている。その奥にはもっと淋しく素鵞社にスサノオノミコトが祀られている。オオクニヌシはスサノオの息子、あるいは六世あとともいわれる。もとは素盞鳴尊(すさのおのみこと)が産鉄にかかわり祟り神として存在したことから始まる。

八坂、素鵞(そが)、須賀(すか)、牛頭(ごず)、祇園、みなスサノオのことである。ソガ、スカが地名にある場合タタラと関係する地名である。産鉄民、焼き物をする土部などは古代では差別された民である。民話にでてくる鬼は製鉄民であることが多い。

参考文献・「鬼の日本史」沢史生・「神々の流竄(るざん)」梅原猛
by gannyan1953 | 2011-05-22 10:50 | 京都の歴史散歩 | Comments(0)



横浜周辺の歴史散歩
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
> 歴史好きさん ご訪..
by gannyan1953 at 23:57
始めまして。 阿豆佐..
by 歴史好き at 19:53
> rollingwes..
by gannyan1953 at 14:13
初めまして、ローリングウ..
by rollingwest at 16:31
できればメールでお話しし..
by gannyan1953 at 09:08
新横浜スパインクリニック..
by gannyan1953 at 18:23
読めないんですね。申し訳..
by gannyan1953 at 18:09
> ださぶろうさん ご..
by gannyan1953 at 21:44
楽しんでいただけて大変嬉..
by gannyan1953 at 21:41
長津田の大火の事を調べて..
by shin344 at 21:41
最新のトラックバック
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧