歴史と素適なおつきあい

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美濃の歴史③

歴史と素適なおつきあい番外編     2014・11・12

美濃の歴史

上有知城(鉈尾山城)こうずちじょう・なたおやまじょう

天文年間、斎藤氏に仕えていた佐藤清信により築城。
清信の子秀方は織田信長に服属し、本能寺の変以降秀吉に仕え、鉈尾山城主となる。
秀方の子方政は秀吉が亡くなると岐阜の織田秀信(信長の孫)に付いて、関ヶ原の戦いの前哨戦米野の戦いで
敗走。佐藤氏は滅亡した。
その後金森長近が上有知に関を作り武儀郡全体を領し、小倉山城を築いたため廃城となった。


小倉山城

金森長近が築城。金森氏の出自は土岐氏で、近江野洲に移った後織田信秀(信長の父)に仕え
柴田勝家の配下となる。
柴田勝家が秀吉に滅ぼされると、秀吉配下となる。
関ヶ原では東軍になり郡上八幡城を落城させた。
そして美濃の小倉山城主となり、今のうだつの上がる町並みを残す。

長良川には上有知湊を開いた。

頼錦のとき、郡上一揆が起こり改易され秋田に移る。
美濃は青山氏の所領となり江戸屋敷が青山にあったので東京に青山の名を残す。

うだつの上がる町
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うだつとは
屋根に取り付けられた小柱、防火壁、装飾のことをいう。

お金がないとうだつがつけられないためうだつをつけることが、
お金持ちになる願望といわれる。
「うだつがあがる」の言葉が生まれた。

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長良川鉄道越美南線の美濃市駅
月に行く舟のロケ地になった

この線には、駅に温泉がある「みなみ子宝温泉駅」がある
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美濃市駅で飼われていた猫
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旧名鉄美濃駅
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昔岐阜市内で乗った事がある
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客席がなかったことが残念
 





by gannyan1953 | 2014-11-27 13:25 | 岐阜県の歴史散歩 | Comments(0)

美濃歴史編② 宿泊

歴史と素適なおつきあい番外編         2014・11・11

古民家宿&カフェ 陽がほら

神奈川から美濃市の瀧神社に向かうため、美濃に宿をとった。

古民家に泊まりたくて格安だったが行ってみた。
〒501-3711 岐阜県美濃市樋ヶ洞3808 TEL&FAX 0575-35-0250
ホームページから宿泊予約ができる。

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左の庭でバーベキュー
寒かったので鍋にした

オーナーは静かな方で今日は貸し切り!
夕食は鳥団子の鍋。

無茶苦茶おいしくて帰宅後すぐ真似して作ってみたが
再現できず。

昆布と鰹節のだしで薄口醤油、味醂、酒などで
味をつけると聞いたが、薄味でゆずを絞っていただくと
とてもおいしい。
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昼間はカフェ

お風呂は薪でわかした五右衛門風呂。
ふたは沈んでいたので普通のお風呂と変わらない。

ギシギシ音のする床もあって静かな里に響く。

夜は、ピアノを囲んで息子がギターで
アンサンブルしてくれ、姉が歌う。

薪のストーブが暖かい

夜更けまでといっても11時消灯だが、
音楽談義が続いた。

早朝いつまでも森が続く道を散歩。
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外の洗面所で顔を洗う
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かまどの煙


かまどで炊いたご飯をいただき、お櫃はからっぽ!

また、泊まりたいと思いました。

陽がほらさん  お世話になりました。

朝食付き1人3500円  
夕食希望すれば1500円でバーベキューか鍋。


by gannyan1953 | 2014-11-27 11:00 | 岐阜県の歴史散歩 | Comments(0)

美濃の歴史編①  瀧神社

歴史と素適なおつきあい番外編      2014・11・11

ドラマ「月に行く舟」ロケ地に行ってみた。

瀧神社   美濃市乙狩神矢洞

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急な参道だが、日が暮れそうで、車で登ってしまった

祭神 瀬織津姫神 もとは権現滝
ご神体 矢と剣
創建 天歴年間 藤原高光

伝説
この地に妖怪さるとらへび
が住み付き、村人に危害を加えているのを聞いた朝廷が、
藤原高光をこの地に遣わし、妖怪を退治させたという。
この時、高賀山大本神宮大行事神社(現・高賀神社)を再建し、
7昼夜妖怪退治の祈願をしたという。
高光が妖怪を追い求めて高賀から乙狩谷に来た時、
山全体が黒雲に包まれて進めなくなってしまった。
そのとき矢を黒雲の中に放つと雲が無くなり、やがて滝にたどり着く。
この滝の近くの洞が妖怪の棲家であった。
高光はこの滝で野宿をすると、滝の神々が妖怪を追い払う夢を見る。
そこで滝のほとりに祠を建立したのが、瀧神社の始まりという。


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滝壺に近づく事もできる
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ご神木
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さすが!
御幣は美濃紙
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猿丸大夫
参道脇に猿丸大夫の碑がある。
高光は矢を作るため村人を集めた。
その中にあきよという娘がいた。
その娘を見初めのつに猿丸が生まれる。
のちに和歌の歌人となり猿丸大夫である。
猿丸大夫の出自は不明であるが有名な父の名を
汚さぬよう語らなかったという。

「おくやまに もみぢふみわけ なくしかの こえきくときぞ あきはかなしき」
                             古今和歌集より

円空
愛知県生まれなので円空は身近なお坊さんである。
円空はこの滝を三度訪れたという。
修験道の修行をこの高賀山で行ったという。
円空の精神の原点がこの滝なのか。

円空の歌
「文(あや)なれや 予(わが)ことなさて 滝の宮 心の声を 神かそと念」

円空は瀧神社の祭神は矢であると言っていたそうである。




by gannyan1953 | 2014-11-15 18:31 | 岐阜県の歴史散歩 | Comments(0)



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