歴史と素適なおつきあい

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横浜市川崎市境の分水嶺

歴史と素適なおつきあい番外編   2016・9・30


4つの川の源流に行ってきた

横浜市川崎市境の分水嶺
  

日吉交差点 標高62m  黒須田川源流


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右の山の中に源流があるらしい


早渕台公園 標高80m早渕川源流 

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滝ノ沢公園
もうひとつの早渕川源流 標高82m
滝があった

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水沢菅生緑地
平瀬川源流 標高79m

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左の石が気になり陸軍の標柱ではないかと
思ったが菅生に陸軍が駐屯したかどうかは
わからなかった




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ここから水が湧き出るらしい 未確認
水沢森人の会より

美しの森公園

矢上川源流 標高71m
やっと源流らしく水があってホッとした

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by gannyan1953 | 2016-09-30 15:29 | 神奈川県の歴史散歩 | Comments(0)

たまプラーザの戦争遺跡 射撃場

歴史と素適なおつきあい番外編           2016・9・27
  
たまプラーザ駅の南に国学院大学の
たまプラーザキャンパスがある

昔高津谷戸があったところである

国土地理院の昭和47年度の地図を見ると
大きな長方形の土地が、
たまプラーザと国道246号線の間に
あるのがわかる
一見飛行場かと思ってしまうほど長く見える




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右上から真ん中下方にむかう道が国道246号線
真ん中の縦の長方形の土地が射撃場だった場所

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高津谷戸とよばれたこの土地は
いい稲がとれた豊かな土地だった

ところが昭和16年地主たちに印鑑を持って
山内小学校に集まるよう要請があった

行ってみると恩賜品の
御紋章つきの最中やタバコが配られた

そして印鑑を捺して土地を手放した

田は1反350円
畑は一反250円
山は一反180円

陸軍第一師団溝ノ口演習場になった


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射撃場
山内のあゆみより



周囲を山に囲まれ
長方形に南北に長く
射撃場するには大変利用しやすい
土地だった

昭和17年工事がはじまり作業に関わる人は
ほとんどが朝鮮人だったという
およそ100名の人が作業をし
地元住民の参加はなかったという

東と西に高さ7mくらいの土手を築き
長さは800mあった

土手の真ん中に仕切りの土手も作られた

北に的が12個置かれ
銃座は50、100、200、300、400m
の地点におかれ壕が掘られた

戦後この射撃場を見た人は立派な施設だったという
400mあれば重機関銃が射てたという

完成までに1年かかり
働いた朝鮮人の若者たちは
お行儀がよかったという
手作りで工事をし残念なことに
岩の下敷きになり数名の死者もでたという

完成すると馬絹の六十二部隊の
兵隊さんが練習した

周囲には流れ弾が飛ぶこともあり住民は困惑した

そして敗戦・・・
大蔵省は民間に土地を払い下げた
帰農者に売却され元の地主たちには
半分しか戻らなかった

戦後7年自衛隊がこの土地を使用することが決まった
驚いた山内地区は
自衛隊使用は絶対反対!
ここは文化都市にすると発表、
自衛隊使用は見送られのちに
国学院大学に売却された


参考文献:山内のあゆみ:横溝潔











by gannyan1953 | 2016-09-25 21:34 | 神奈川県の歴史散歩 | Comments(0)

原始から原子へハイキング

歴史と素適なおつきあい番外編      2016・9・25

原始から原子へハイキング

という市ケ尾出発のハイキング

青葉区をよく知らないとわけのわからないタイトルである
昭和40年代東急が企画したハイキングコースだったらしい




原始とは


古墳時代 稲荷前古墳群 (市ケ尾駅北)

縄文から古墳時代 朝光寺遺跡 (市ケ尾駅南)
のことだろうか

原子とは



当時の武蔵工業大学(現在東京都市大学)の
原子力研究所




原子炉は研究のため、王禅寺の敷地を売却して造られた


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武蔵工業大学は創設者から東急の創業者五島慶太に
引き継がれた大学である 正確には五島育英会

土地を売却した王禅寺とは

醍醐天皇の延喜17年(917)に堂塔が建てられている

鎌倉時代、禅寺として幕府から庇護されていたが、

新田義貞の軍に攻められすっかり荒廃してしまった

戦国時代になると小田原北条氏に庇護され真言宗豊山派に改宗、
格式をもつ寺となった。

北原白秋、柳田国男、佐藤春夫、遠藤周作らが愛した
寺である

昭和30年、王禅寺の隣の土地が東急と小田急に4万坪1600万円で
譲渡された 高いのか安いのか判らないが1坪400円
多分無茶苦茶安いのか・・・?

広い雑木林だった
黒須田川の源流である

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研究所はこの山の中

この左まわったところが入口

この土地の売買の仲介をしたのが脱税で有名なT代議士とあった。

T代議士って誰?
浮かんだのは田中角栄・・・
違って

どうも「黒い霧事件」の田中彰治代議士らしい
この人も新潟の人である

交通の便悪く、山また山の土地で人がいない
原子力研究所には好都合な土地だった

しかし住民は驚き恐怖を感じた

早速対策委員会が設けられ話し合われたが
このときはまだ原子力の科学的な力の魅力が
勝り、安全性について語られることはまだ少なかった

昭和35年原子力の平和利用、技術開発を目的として
原子炉が設置され、癌の治療や、元素分析など
成果を挙げてきた

ところが、平成元年冷却水漏れ事故を起こし
平成15年(2003)設置者の五島育英会により
廃止が決まった

廃止後に東日本大震災が起こった

福島原発の処理に関する研究も
現在続けられているという

ただし・・・まだ・・
原子炉、放射性廃棄物も
解体されず保管されている

ひきつづき放射性同位元素の
取り扱い施設として、研究を続けるとされる


原始の稲荷前古墳


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wikipediaより

横浜市青葉区大場町156ー10
にある4〜5世紀の古墳

谷本川流域の首長の墓と思われる
前方後円墳、前方後方墳、方墳、円墳、横穴墓など
19基が発掘された
種類の多さにビックリ!

しかし・・・ほとのど壊され・・・
現在前方後円墳1基と方墳2基が残され、見学可能

残された前方後円墳16号は上に登ってしまうこともでき
失礼なことだが、見晴らしがいい

ご参考に
市ケ尾〜早野
「原始から原子」ではないが、随分前に
鶴見川流域のテーマで訪れたコースである


朝光寺遺跡
弥生時代の環濠集落、そして古墳時代の
墓からは甲と鎧が掘り出された

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原始というと古代だと思うので、
稲荷前古墳より朝光寺遺跡の方が原始らしいといえる


参考
山内のあゆみ:横溝潔










by gannyan1953 | 2016-09-22 16:27 | 神奈川県の歴史散歩 | Comments(0)

早渕川の源流に行ってみよう

歴史と素適なおつきあい番外編     2016・11・19
中川歴史ウォーキング26

どんな川にも源流がある
早渕川の源流は歩いていける
最初のひと滴見られるかな


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都筑区中川サントゥールからあざみ野方面を見ると
遠くにみえる白い煙突

この煙突、早渕川源流近くの谷にある

集合:あざみ野駅 9:45 

あざみ野駅・・早淵川・・平崎橋・・御嶽神社・・荏子田カンカン穴・・
平川灯籠・・尾作谷戸庚申塔・・保木あたりで昼食・・
俱利伽藍不動(飯島氏宅)・・下八雲神社・・保木薬師堂・十社宮・・
関原の神社・・早渕台公園

横浜市川崎市境の分水嶺

市の境の尾根の水が多摩川水系と鶴見川水系として流れ
分水嶺になっている


早淵川源流に行ってみよう

早渕川について

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中川からあざみ野 早渕川

横浜市青葉区美しが丘西を源流とし、綱島で鶴見川に
合流する全長14キロの川である

30万年前多摩丘陵の成立とともに
浸食、湧き水によってできた川で
昔は蛇行し川底が岩盤であるため流れが早かった


早淵川早渕川と両方の表記があり、国土交通省は早淵川
横浜市のホームページでは早渕川となることが多い

早渕川ファンクラブによると
流域の形はタテゴトアザラシに似ているという


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鶴見川流域ネットワーキングより

んんん?
似てますかね・・・

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web水族館・全国水族館ガイドより


タテゴトアザラシ
って
胸キュンの真っ白な赤ちゃんが有名
しろたんというキャラがある

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石川村について
現在の新石川から美しが丘西にかけ早渕川流域に明治まであった村。
八つの集落があった。

保木ほうぎ・・・・美しが丘西
荏子田えこだ・・・荏子田1〜3丁目
平川ひらかわ・・・元石川町から美しが丘3丁目あたり
船頭せんどう・・・あざみ野4丁目あたり
稗田原ひえだはら・美しが丘5丁目北部
牛込うしごめ・・・美しが丘5丁目南部から新石川2丁目・
中村なかむら・・・あざみ野駅周辺から新石川2丁目
下谷しもやと・・・新石川1丁目あたり

言い伝えによると
石川村と隣の荏田村は水争いで仲が悪かったという。
あるとき荏田村の民が

築地の土手といわれる堤防を築き石川村を水没させた。

保木は帆をあげ舟を出した
平川は一帯が水で平になった
船頭は舟で地区を渡した
牛込は食物に困った人々に牛に米を積んで売り歩いた

とある。
ちょっと悲しい伝説・・

築地の土手
他説ありで、ご参考に!



御嶽神社 青葉区元石川3776
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20戸あたりの集落の谷戸にある

小さな集落の谷戸なのに、なぜか御嶽社が二つ・・・

昔、管理についての内紛があり、締め出された一戸が
新たに御嶽社を建立し、それがもう少し南にあるそうな


御嶽神社は同じ漢字で
みたけ
 と おんたけ があり、
みたけは武蔵御岳山、蔵王、金峰山を拝む

おんたけは木曽の御嶽山である

この神社は青梅の武蔵御岳山で
祭神はヤマトタケルである




御嶽社 青葉区元石川3769







荏子田カンカン穴 荏子田朝日公園

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船頭谷戸の斜面に掘られた有力者の墓で
上総層群に掘られている
7世紀の横穴墓である

家型墓で鶴見川水系では珍しい形だという

朝日公園の下の道路と
平行して早淵川が流れていたそうだ

なぜカンカン穴というか知りたい・・・
が、わからない

早淵川源流にはオオカミ穴があったという

江戸末期、鷺沼と中川の境の有馬に
オオカミがいたらしいので
オオカミ穴があってもおかしくない

文献では渡辺華山の游相日記に残る

調べたら保木には狼谷戸の地名があった

美しが丘1丁目10番地周辺か
近くにもうひとつの早渕川源流「滝の沢」がある
この地には縄文時代からの遺跡がある

荏子田から平川まで畑を抜ける
このどこかで昭和47年古銭が発掘された
水道工事の際みつけられ

永楽銭(信長の旗)134枚を含め
35種類で742枚

15〜16世紀に埋められたという
茅ヶ崎城の黄金伝説といい
まだまだ埋まってるかも・・・003.gif



平川の灯籠 青葉区元石川6340
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江戸末期、薩摩藩邸で奉公していた女中が明治維新で
宿下がりとなり、この灯籠をもらい受けてきたという

製糸場
灯籠の近くに明治中頃黒沼製糸場があった
50名の女工さんがいた

元石川小学校の西には安藤製糸場があった
「きかいば」と呼ばれ
最盛期には150名の女工さんがいた

鄙びた場所に若い女性が大勢集まり
村の若者は興奮したことだろう

女工さんの寮はとげのあるからたちの垣根で囲まれ
女工さんたちを守ったが
それでも侵入する若者がいたという

恋も生まれ結婚にいたるケースもあったという



尾作谷戸(おざくやと)庚申塔 
青葉区元石川6348 


覚永寺に行く道の手前右側竹薮斜面

このあたり釈迦堂といわれ僧侶がいたが、いつ廃堂になったのか
わからないが僧侶の墓がある
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覚永寺 青葉区元石川6391

文禄3年(1594)赤坂に草創
江戸城外堀工事で一ツ木から赤坂台町へ移転
第二次世界大戦で焼失し、元石川に移転
浄土真宗本願寺派

眺望がいい

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覚永寺からの眺望

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尾作谷戸

自然豊かな静かな谷戸
戸場、堀切地名があり、戸場は谷戸のはじまり
堀切は川の源流地名に多いという


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尾作谷戸
薄暗いわきの土手にに赤い鳥居がひっそり立つ



下八雲神社
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このあたり八雲神社が三つある
理由は仲違いじゃない・・
稗原の八雲神社を三角形の頂点に、西の保木薬師堂後ろにある
関原の八雲神社と下八雲神社を底辺に
二等辺三角形の位置に
三つある

頂点の稗原にも遺跡があり
保木薬師堂東にも遺跡
下八雲神社近く滝ノ沢に遺跡あり

三つの八雲神社と三つの遺跡
関係はいかに・・・

八雲神社の祭神は牛頭天王
スサノオノミコトである

もうひとつの早渕川源流の
滝ノ沢公園

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標高82m やたら石が多い公園・・・個人的には石が好き

保木薬師堂



真言宗豊山派の寺で天明3年(1783)に建立
現在は満願寺の境外仏堂となっている
薬師堂は村の集会場として使われてきた

承久3年(1221)に僧尊栄によって造立された
薬師如来が安置されていたが、
今では保存のため
神奈川県立博物館に収められている
毎年9月12日に帰り、護摩祈祷が行われる



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薬師如来
山内のあゆみより S氏撮影


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立て替え前の保木薬師  
山内のあゆみより  S氏撮影



十社宮


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江戸時代十社権現といわれ、満願寺が祭礼を守ってきた
明治になって十社宮となった

祭神
国常立尊クニヨコタチノミコト(天地開闢の神)
国狭槌尊クニサツチノミコト(天地開闢の神)
豊斟淳尊トヨクムヌノミコト(天地開闢の神
泥土煮尊ウヒジニノミコト(男神・天地開闢の神)
沙土煮尊サヒジニノミコト(女神・天地開闢の神)
大戸道尊オオトノジノミコト(天地開闢の神)
大戸辺尊オオトベノミコト(天地開闢の神)
本多和気尊ホンダワケノミコト(応神天皇・八幡神)
大日孁尊オオヒルメノミコト(アマテラス)
天兒屋根尊アマノコヤネノミコト(春日神)

保木太鼓
明治になって保木は府中の大国魂神社の
くらやみ祭に参加し
太鼓の講中による奉納があった

戦後GHQからの自粛要請があり
立ち消えていたのが
平成23年石川講中の名で
参加することになった

太鼓は昭和27年に
浅草宮本卯之助商店に作ってもらったものである

関原の神社

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八雲神社である


俱利伽藍不動

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早渕川源流のひとつ滝の沢の滝壺に
水源を守るように祀られていた
今では飯島家の庭に置かれている
(飯島安男邸)



早渕台公園
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川は地面の下で水源も下
残念なことに最初のひと滴を
見つけることはできなかった・・・

川崎市王禅寺処理センター

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中川から見える煙突


歴史と素適なおつきあい「旧都筑郡石川村探索」2009年:T氏
山内のあゆみ :横溝潔
横浜市都筑区HP ・wikipedia・ひろたりあん











by gannyan1953 | 2016-09-20 22:44 | 神奈川県の歴史散歩 | Comments(0)



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