歴史と素適なおつきあい

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西郷山公園

歴史と素適なおつきあい番外編  2017・1・29

西郷山

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竹田城主のお抱え屋敷があり回遊式庭園があった。

明治になり西郷従道が兄の西郷隆盛のために土地を購入した。
しかし西南戦争で隆盛は亡くなり従道は別宅を建てた。
その建物は現在明治村に移築されている。
当時の面影はないが頂上の眺めが素晴らしい。


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菅刈公園
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ここに西郷従道邸があった
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池尻大橋
池尻の由来は池が終わって目黒川に流れ込む境めで、
尻は地名で境界という意味。

このさき目黒川は暗渠になり緑道となっている。



by gannyan1953 | 2017-01-29 22:58 | 東京都 歴史散歩 | Comments(0)

港北ニュータウン 明治の講の旅

歴史と素適なおつきあい番外編    2017・1・12

明治40年ころ
大棚村にあった講・・何の講なのかわからないが
講の代表で
参拝の旅に出た記録を見せてもらった


2月5日

午前6時 杉山社に集合 
このころはまだ龍福寺あたりにあったという
猫のあしあと 龍福寺について

お神酒2升 みかん4箱を配る

神奈川発11寺40分の汽車に乗車

当時の神奈川駅は、東神奈川と横浜の間にあり
明治5年(1872)に品川と横浜に開通し
一ヶ月後に神奈川駅が設置された
昭和3年(1928)に廃止された

国鉄 神奈川駅

駅まで約11キロ 3時間弱の徒歩である

静岡に午後6時着  
静岡の安田屋に宿泊

昼食代2円 酒9人前含む


どうも9人ででかけ
、6時間の乗車中
早速飲んで食べてをしたらしい

宿泊代は読めないが50銭くらいだろうか
今安田屋はないと思われる

早速静岡着の知らせをはがきで送ったらしい

2月6日
久能山拝観 拝観料ひとり10銭

静岡浅間神社参拝

静岡駅〜久能山まで約10キロ

静岡駅から浅間神社まで約2キロ
往復24キロ

なのに
午後6時 豊橋駅に到着 坪屋に宿泊

歩きで6時間 汽車はわからないが3時間かかるとして

(静岡から豊橋は約113キロ時速40キロで
汽車が走ると・・・約3時間)

朝6時から3時まで9時間あるので
歩きの参拝、参詣は可能
静岡駅には午後3時出発で
夕方6時に豊橋に着ける

とにかく脚力すごい

2月7日
午前6時 坪屋を発ち8寺豊川ステーションへ
汽車にて熱田に至る
熱田神宮参拝
徒歩にて
東本願寺参詣
西本願寺参詣  
散歩にて
名古屋城見物
旅館に入る 


夜散歩 
改良万年筆?
このころの万年筆は6円ほど
見に行ったのか?

宿代 60銭 河内屋 宿泊 
現存せず


2月8日
名古屋より津島まで
津島神社参拝

中食15銭
蜜柑5銭
津島より亀山まで汽車
参宮列車にのりかえ山田に着し
龍太夫支店に3時半に着き茶を喫し
直ぐ人力車にて神風館龍太夫に至り
1泊 棒入参内し神官太神楽10円
伊勢神宮参拝のことと思う
伊勢地図5枚10銭
画紙25枚
竪具後 14枚 14銭

竪具はわからないが障子紙か?
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龍太夫の宿坊は現在伊勢和紙館になっている


2月9日
お神楽料
馬車にて二見ヶ浦見物
帰りニの膳 大盃 古式にて取り飯を喫し
馬車にて二見浦
2円35銭 9人分

2月10日
古市備前屋にて伊勢踊り
龍太夫に帰り一泊

伊勢踊3円50銭
二見ヶ浦館5銭
草履15銭
煙草9銭 5銭

講 ? 9人前

2月11日
10時頃より朝熊岳へ(あさまだけ)
中食5銭
朝熊 札代11銭
子守地蔵 5銭
茶菓子10銭
龍太夫 宿代64銭
朝熊山奉納 20銭か2銭

朝熊山金剛証寺で伊勢神宮の鬼門をまもる寺

2月12日
午前7時35分 山田発の汽車にて
午後1時奈良の南園堂下小刀屋善助方投宿

春日大明神札代 14銭
奈良名所本 10銭
カミソリ25銭
春日大神奉納50銭
人力車
利用料金不詳

荷物山田より神奈川迄


2月13日

橋本より高野山へ3時頃着
高室院へ一泊
宿泊代 70銭
札代31銭
うどん

中食15銭
おかし2銭
高室院は村上天皇の血をひく僧が
寺を開き現在もある
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高室院 宿坊

高室院宿坊のご案内


2月14日

妙寺3時3分の列車にて粉河

粉河寺参詣
札代2銭
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観光協会より



4時51分の列車にて岩キ駅へ
岩キ駅より1里徒歩根来(岩出駅と思われる)
地辻本屋 一泊 
宿泊代 4?銭
地図4枚 12銭
札代6銭

2月15日
岩キ駅停車場より汽車にて和歌山市へ
和歌山天守閣 5銭

大阪道頓堀
人力車  5銭
大阪エビス屋 宿泊
宿代80銭
16日
大阪案内車夫 65銭
多度津舟代 1円40銭
中食 30銭
汽船菓子 12銭
四国松見屋 中食
多度津より琴平汽車賃27銭
箱?園 2円48銭
札代20銭
札代33銭
中食30銭
松見屋宿泊45銭


2月17日
午前6時多度津を発し宮島へ
舟賃 1円47銭

厳島神社
札代11銭
大根屋 70銭
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現在のだいこんや かわぐちか

2月18日 
宮島より神戸まで
汽車賃2円55銭
宮島絵図 17銭
汽車菓子 10銭
中食15銭
神戸より京都
汽車賃75銭
京都より三條小橋
電車賃7銭
湊川社
札代 7銭
午後9時京都三条大橋南詰 伏見屋到着す


池田屋騒動で有名な旅館池田屋。騒動後営業停止となり約7ヶ月後に再開し、
後年佐々木旅館になったとの記述も多く見受けるが、
実際は事変後営業停止となり屋敷・什器・畳1枚まで競売にかけられることになり、
伏見に住む桝谷という人物が「桝屋」という屋号で営業することになる。
その後「大勢館」「伏見屋」「佐々木旅館」と移り変わっていく。
池田屋前の碑は昭和2年京都市教育会によって建立されたが、
寄贈者として碑に刻まれている佐々木フサとは伏見屋の主であり、
その後同地を引き継ぐ佐々木旅館は佐々木フサの親族が経営者である。

参考 よっぱ、酔っぱ池田屋騒動


これによると
どうも元池田屋に宿泊したことにある  大発見!

寺の名前で読めるのが金閣銀閣、等持院

2月19日
平野神社
官幣大社
北野天満宮
芝居 10銭
京都案内7銭
伏見屋宿代70銭
健心寺
三十三間堂
後白河帝
?エリ5枚 1円50銭
清水寺
高台寺
知恩院
信倉院
南禅寺 石川五右衛門の門あり
案内賃 不詳
京都大津船賃10銭

大津竹内 宿泊 70銭

2月21日
近江八景廻り 車で 70銭
三井寺 鐘をついたか
石山寺本堂拝観 3銭
近江石山より静岡まで(静岡行きの間違いではないか)
汽車賃2円49銭
午後7時豊橋坪屋投宿
22日
午前6時36分豊橋発平沼駅 急行列車
急行券50銭
豊橋より平沼まで汽車賃1円52銭
蜜柑4銭
煙草9銭


帰宅



おおよそ筆記してあるだけで1人30円
宿泊代・交通費。昼食代などが書いてないところもあるので
1人50円はかかったのではないか


今の金額で50万円はしたと思う
講の旅19日間・・・おみそれしました040.gif





















by gannyan1953 | 2017-01-27 10:48 | 港北ニュータウンの歴史・老馬 | Comments(0)

ちょっとディープな目黒歴史散歩

中川歴史ウォーキング 30         2017・3・18(土) 

3月18日(土)開催します
詳しくは  中川歴史ウォーキング3月

 

 
桜にはちょっと早いけど・・江戸時代の観光地目黒を巡ります
美しくなりたい方おしろい(今ならパウダーファンデーション)ご持参で・・
14歳の円仁さん、夢にでてきたお不動さんを上手に彫ってしまった・・
お不動さんは酉年守護の仏さま
秘仏だけど酉年の秋にオープン!予定・・・酉年最強スポットへ

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目黒不動境内(目黒不動尊サイト)



集合:目黒駅・・行人坂・・大円寺・・太鼓橋・・蟠龍寺・・海福寺・・五百羅漢寺・・成就院・・目黒不動尊・・大鳥神社・・寄生虫博物館

権之助坂 
由来は①権之助さんが年貢の取り立てに苦情を訴え刑に処せられた  
②行人坂のこう配がきついので少しゆるやかな坂道を許可なく開き、刑に処せられたと伝わる。
いずれにせよ悲しい話である。

行人坂

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 大円寺で修行する修験道の行者が往来した坂で、
目黒不動の参詣道になり寺社参りが盛んになると町並みができ坂の中程には
「富士見茶屋」がつくられていた。

この坂は明和の大火と天和の大火と二つの大火と関係していることが
印象的である。

大円寺
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寛永年間(1624〜44)に湯殿山の修験僧大海法印が大日如来を祀り
道場を開いたことがはじまりである。
江戸の三大大火の一つ明和の大火(行人坂大火)の火元である。
ここに五百羅漢の石像がある。
大火の犠牲者の供養のために当時つくられた。
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西運の碑

釈迦堂には鎌倉初期清涼寺式の釈迦如来立像がまつられている。

本堂には藤原期の十一面観音、山手七福神の大黒天、
阿弥陀堂には西運上人像がある。


西運は天和の大火の八百屋お七が恋をした吉三郎であるといわれている。
隣の明王院(廃寺)に住し、行人坂の改修、橋の架設を行った。
吉三(きちざ)はお七の供養に明王院から浅草まで往復約40キロを、
鉦をたたき念仏を唱えながら参る「一万日の業」を27年5ヶ月で成し遂げたといわれる。
おかげでお七が夢枕にたち成仏したと告げたので「お七地蔵尊」をつくった。

江戸の火事について

明和の大火
   江戸三大大火
明和9年(1772)大円寺の寺僧による本堂の放火から
江戸市中628町(934町とも)が燃えた。
死者1万4700人、行方不明4000名という惨事だった。

行人坂の大火ともいわれる

寺僧とあるが無宿僧による放火といわれる。
江戸に出てきて職もなく無宿僧となり、
やけになり火事場泥棒を企てたという。
真秀といい、火付盗賊改長官の長谷川平蔵の父により
捕縛され小塚原で処刑された。


火元の大円寺は76年再建を許されなかった。
幕末になって島津氏の菩提寺となりようやく再興された。

天和の大火


天和2年(1683)に駒込の大円寺から出火、死者は3500名と伝わる。

八百屋お七火事ともいわれる。
この大火で焼けだされたお七の一家は本郷の寺に避難したが
ここで寺の小姓と恋に落ちる。
家が再建され寺から戻っても忘れられず
もう一度家が焼けたら小姓に会えるかもしれないと
自宅に火をつけた。

お七は捕縛され鈴ヶ森刑場で火あぶりの刑に処せられた。
お七が本当に火をつけたかどうかはわからない。
井原西鶴の話にでてくる女性で実在していないかもしれない。

ただ凛とした態度で刑に処せられたことが伝わる。

長津田にも「お七稲荷」がある
ここは処刑に関係したお役人が供養したものである
長津田の歴史探訪


明暦の大火
    江戸三大大火
明暦3年(1657)江戸の大半を焼失する大きな火事になり
三カ所から順に燃え、火元のひとつは本郷の本妙寺だった。

別名「振袖火事」ともいわれ、
ある娘が寺の小姓に一目惚れ、恋煩いで寝込んでしまった。
両親は娘が哀れと思い、小姓がきていた着物の柄だった
荒磯と菊柄の振袖を仕立ててやった。

このころの小姓は娘のような派手な柄の着物をきていた。

ところがじき娘はなくなり、両親は棺桶に振袖をかけてやった。

当時は埋葬する寺男たちがそれをもらい、
それを売る習慣があり振袖は他の娘の手に渡った。

ところがその娘は病で亡くなり、次に手に入れた娘も亡くなり、
さすがに寺男たちも気になって供養に振袖を焼くことになった。

ところがたちまち強風が吹き、火のついた振袖は空高く舞い上がり
それが火事の原因になった。

この話は小泉八雲も小説(振袖)にしているがどうも真実ではなかったらしい。

明暦の大火の真実

実際のところ火元は本妙寺ではなく、
隣接した老中の阿部家であったといわれている。

老中宅が火元では、幕府の威信失墜になると、
本妙寺が罪をかぶったというのである。
本妙寺は大火から3年後に再建され、
関東大震災まで阿部家から明暦の大火の供養料として
260年に渡り奉納されていたことから推測されている。



文化の大火
    江戸三大大火

文化3年(1806)に芝から出火神田浅草まで530町に燃えひろがり
翌日降雨によって鎮火した。
家屋の焼失12万6000戸、死者1200人、
町奉行所は被災者救済のため救出小屋や炊き出し、被災者に御救出銭を与えた。

雅叙園
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雅叙園の前にお七の井戸があった

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おひな様が百階段に飾られるイベント開催中

雅叙

雅叙の前にお七ゆかりの井がある。西運がお七の菩提を念じながら水垢離をした井戸だという。雅叙園の創始者は細川力蔵という人で、銭湯に奉公し芝で銭湯を開き、不動産業で財産を築き料亭を開いたことが始まりである。国内最初の総合結婚式場である。





太鼓橋

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明和6年(1769)に石造りの太鼓の形の橋がつくられた。

つくった人は諸説ある・・・

① 西運といわれている。

② 木喰上人が1700年代につくられたといわれている。

橋は大正9年(1920)に豪雨で流された。
明王院、大円寺一帯は夕日の岡といわれ紅葉、桜の名所で
江戸の清遊の地であった。歌川広重の名所百景の浮世絵がある。


蟠龍寺
 浄土宗
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霊雲山と号し宝永6年(1709)に称明院から増上寺の僧により改名された。
弁才天は山手七福神の弁天様である。

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この中にある
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弁天様
江戸の裏鬼門で、表鬼門は不忍池の弁天様で対をなし江戸を護る弁天様である。
岩窟に石像があり、江戸時代の人気は高かったそうである。
本堂の阿弥陀如来は藤原期の寄木造で秀作である。(目黒区文化財サイト)

以前は金属の阿弥陀如来もあったらしいが、
明治初期にフランスに渡りバラバラにされた体はロダンの鋳造家によって再現され
ウィーン万博(1873)で展示された。
現在パリのチェルニスキー美術館にある。蟠はわだかまる・とぐろをまくという意味がある。龍のとぐろ?


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美しくなりたい方
このお白い地蔵に自分のファンデーションを
塗って自分も塗るときれいになれる



調べてみたら蟠龍とは


今にも飛びたとうとする龍の姿・・屋根瓦に使われるとのこと
伝説 蟠龍の北の国のお話


甘藷先生の墓
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青木昆陽の墓で享保20年(1735)に「蛮薯考」を著わし
さつまいもを飢饉の時の備荒作物とすることを
大岡忠相の援助により目黒で試作
全国に普及させた。

海福寺 黄檗宗


明から来朝した隠元隆琦(いんげんりゅうき)が万治元年(1658)に
深川に開創した寺で、明治43年(1910)に移転してきた。

本尊の釈迦牟尼仏は平安末期の作である。

隠元はインゲン豆を日本に伝えたので豆の名になったと伝わるが、
関西ではインゲン豆は藤豆のことをいい、いわゆるインゲン豆のことではないという。

隠元の教えは日本の禅宗に大きな影響を及ぼし、
豆は普茶料理に利用された。

山門前に永代橋が落ちた時犠牲になった人々の供養碑がある。
文化4年(1807)に富岡八幡宮の祭礼に人出が多く橋が落ちる事件があり
1400人が亡くなった。

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供養塔

「わぁ 橋が落ちた」
「危ない」
「押すな 押さないでくれ」

怒号も悲鳴も、はるか後方に犇めく大群衆の耳には届かない。
つかえていた前が急になめらかに動きだしたのに勢いづいて、
やみくもに寄せてくる。

押し出された心太さながら、
とめどなくこのために人が落下した。

橋杭の根元は泥深い。

あとからあとから落下してくる人体に、先に堕ちたものは押しつぶされ、
泥に埋まって窒息したし、

かろうじて泳ぎだした者も八方からからみつかれ、
動きがとれなくなって共倒れに沈んだ」。     杉本苑子著「永代橋崩落」


天和3年(1683)の梵鐘がある。
中国と日本の鐘の特徴があり珍しいものだという。


五百羅漢寺


元禄8年(1695)鉄眼禅師が開山、京都の仏師松雲元慶が木彫した。
現在305体の羅漢が安置されている。
五百羅漢を中心に深川に開創された寺で
洪水のため明治41年(1908)に移転してきた。

この寺は戦中から戦後にかけ桂太郎の愛妾お鯉が妙照尼として守った。

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お鯉(写真)とは本名安藤照という美しい芸者で、
歌舞伎役者市村羽左衛門と結婚するも花柳界のしきたりが面倒で離婚、
のち桂太郎の妾になった。

伊藤博文ら政治家たちの歴史的な事柄など身近でみてきた女性だった。
日露戦争の賠償にまつわる決定がなされ、それを不服とみなした人々が決起した
「日比谷焼討ち事件」では桂邸とともにお鯉邸も狙われたという。

桂の死後カフェを経営し政治家たちのサロンともなった。
その後帝人事件関係の小山松吉(法律家)の収賄罪で小山の収賄の証言をし、
それが偽証だとされ偽証罪に問われた。

事件後尼になりこの寺を守ったという。

成就院 天台宗 蛸薬師
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本尊がタコに支えられていることから蛸薬師とよばれる。

境内に保科正之の聖母お静の方が我が子のための
大願成就のお礼に奉納したお静地蔵がある。

保科正之は2代将軍秀忠の子だが、
嫉妬深いといわれた正室お江様から隠され、
保科家の養子になって育てられ、のち会津の大名となり
家光や幕府を支えた人である。

目黒不動尊参道は
店で賑わい
幕末には志士の隠れ家となった。

名物は筍飯で、今でも縁日の28日は賑わう。

比翼塚
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正面手前に白井権八、小紫の比翼塚がある。

白井権八は平井権八といい、お金に困ったあげく
辻斬りを働き捕縛されて鈴ヶ森刑場で磔刑になると

遊女小紫はあとを追った。

歌舞伎「鈴ヶ森」で上演され有名になった。


目黒不動尊 泰叡山瀧泉寺 天台宗


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大同3年(808)慈覚大師円仁開創と伝わる。

不動尊が夢に出てきて夢の像を彫り、
のちに中国修行中よく似た不動尊をみて
帰朝後いち早くこの目黒にきて開創したという。

湧水があり古くから不動信仰の霊地になった。

元和元年(1615)にほとんど焼失したが、
三代将軍家光の帰依で復興造営された。

家光は迷子になった鷹が戻るよう祈願したら
鷹が戻り大喜び。

目黒のさんまの話が残るほど目黒好きである。
そしておかげで江戸時代の参拝行楽の地として栄えた。

戦災で焼失し再建されたが開創以来という不動明王像は
本堂に秘仏としてまつられている。

酉年に御開張される。

戦災を免れた前不動堂、勢至堂は江戸中期の仏堂建築を残している。

弁天、恵比寿、愛染明王など数多くの仏を祀る。

独鈷の滝は湧水で水垢離し祈願成就を祈る。

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大鳥神社
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目黒の総鎮守である。

景行天皇の時代国常立命(クニノトコタチ)を祀った社があり
その子日本武尊(ヤマトタケル)が立ち寄り東夷祈願をした。

その後日本武尊の霊が白鳥となってこの地におり鳥明神となって、
大同元年(806)に社殿が建てられ、それから主祭神は日本武尊になった。

寄生虫博物館

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こんなのがお腹にいたら・・・

三田用水

江戸の6上水のひとつで寛文4年(1664)に開削、
玉川上水から分水し給水した。

明治になると水車利用や海軍の火薬工場、
明治23年恵比寿にヱビスビールを製造する日本麦酒の工場が建てられた。

開設当時は給水をめぐり周辺農家とトラブルもあった。
昭和49年(1974)に利用が少なくなり廃止された。


目黒の自衛隊駐屯地に三田用水の一部が残されており
当時の水が残っているとブラタモリにあった。

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ウイキペディアより
緑の長い屋根の建物に水路がある

田道(でんどう)

目黒村の小字で新編武蔵風土記は傳道とある。
平将門が決起するときに目黒氏を味方に誘ったが
それを断った。
その配下に田道源吾という名が出ており
田道の由来かもしれない。

あと水田の道と言う説もある。




目黒川を池尻大橋まで歩き途中西郷山公園まで
歩いた。15キロは歩いた気がするが
昔ながらの古本屋・・・おしゃれな古本屋など
興味深いお店などあり飽きさせない








参考 東京との歴史散歩:山川出版
   TOKYOパワースッポトを歩く:鈴子
   東京ディープ散歩:町田忍
   目黒区役所
   世田谷区役所


by gannyan1953 | 2017-01-25 19:03 | 東京都 歴史散歩 | Comments(0)

国府宮に行ってきた

歴史と素適なおつきあい番外編  2017・1・19



愛知県稲沢の国府宮駅近くに尾張大國霊神社がある
おわりおおくにたまじんじゃという

府中の大国魂神社と読みはいっしょだが
祭神も違う


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楼門 ウイキペデイアより
室町時代の門である




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大國魂神社拝殿



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別宮 大御霊神社


尾張開拓した祖先が祀られている。
古代祭祀の神社で本殿後ろに磐座がある。

磐座を見に行ったのだが裸祭り(平成29年2月9日開催)の準備か
プレハブが建っており後ろを覗くことができない。
普段なら隙間からみえるのだそうだ。
ちゃんとみるにはご祈祷を申し込んで拝殿に上がれば見られるという。
時間がなかったので残念だが
公開してくれればいいのに・・・

この近くに尾張の国府(国衙)があり 駅名が国府宮となっている。
祭神は尾張大國霊神・境内別宮の大御霊神社(大国御魂神)・
宗形神社(田心姫命)の三神で国府宮三社という。

大國霊神社

ホームページに磐座の写真がある

尾張の国府(国衙)はこの神社のまわりにあったと推定されている


尾張の国府に赴任した国司が
納税者(配下に百姓がいる)から悪い国司だよと
朝廷にちくられたことで有名になった
藤原元命(もとなが)がいる。

江戸時代岐阜県で郡上一揆があり
大名を首にしたことがある
中部地方のの住民強し!

藤原元命が何をしたかというと

「術つきて東寺門にて乞食をしけるが、終いには餓死したりけり」
『地蔵霊験記」

料地の農民が一生懸命努力したが食べていかれず結局死んだ
とある

悪政を行った
ほかに

元命は地獄沢に氷が張って渡れず
近くの卒塔婆を橋にして渡った
そこには地蔵菩薩が掘ってあり
地蔵を踏みつけた

その後尾張の百姓に憎まれ・・・

と尾張の鳴海にある頭護山如意寺の由来にある

具体的にはわからないが訴状が残ってしまった
他国でも訴えは多くあったけど
元命の訴状文だけが全部残ってしまった

古文書として大切にされた

なので今でも悪人と伝わる

尾張国郡司百姓等解文という
大須観音所蔵


結局・・・職から追われた

 歴史に悪名を残した不運な人である

その後・・・また尾張に・・・
有名人がやってきた

百人一首で赤染右衛門という人を
ご存知だろうか

女性歌人で


やすらはで 寝なまじものを 小夜更けて かたぶくまでの 月を見しかな

を歌った

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赤染右衛門のご主人は、文章博士の大江匡衡(まさひろ)

夫婦で文系ってこと・・

夫の仕事も支え、子の任官にも努力し
教育ママぶりも発揮

平安時代の良妻賢母である

このような人たちが

尾張の国司だった















by gannyan1953 | 2017-01-20 12:02 | 愛知県尾張の歴史 | Comments(0)

高尾山にまた行ってきた

歴史と素適なおつきあい番外編   2017・1・14


今日は稲荷山コースで登って 琵琶滝の第6コースで下山
せせらぎに足を入れる感じで下りるので
スニーカーじゃ無理な道

でも面白かった

寒波がきているので

山頂は寒かった
おにぎりと熱いみそ汁食べて
ビジターセンターで少し暖まってから下山

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琵琶滝

滝行したい人がいて
ちょっと見てみたかった
まあまあの水量

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岩屋のお地蔵さん


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 登山口にある道標





by gannyan1953 | 2017-01-14 17:39 | 東京都 歴史散歩 | Comments(0)

柴犬 朔太郎

歴史と素適なおつきあい番外編


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爆睡中
by gannyan1953 | 2017-01-12 08:27 | 前足 湾曲 柴犬朔太郎 | Comments(1)

劔神社 港北ニュータウン

歴史と素適なおつきあい番外編   2017・1・7

劔神社に初詣

中川からセンター南
参照


地図
劔神社に初詣

 まずは中川駅から早淵川にむかって 
階段上がると
 
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矢羽根不動尊

義経の家来が矢を放ち
羽根が落ちたところという伝説がある
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以前お堂の中をみせてもらった


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本堂の右にはお稲荷様


柚木台地にでて
高地からの景色を堪能したら

あすなろ老人ホームの方に
下山
柚木谷戸を横断し

あいわ幼稚園の下の谷戸にはいる

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左手に熊野社

たしか動かすと祟るといわれ
劔神社に合祀されるも
今でもここに鎮座


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谷戸の突き当たりを登ると富士山がよく見える

あいわ幼稚園の大きい駐車場手前右の道を
降りて行く
この細い道は鎌倉街道といわれる

すぐに劔神社におりる


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劔神社の社伝

むかし陸奥の国から炭を売る商人が長年にわたり
鎌倉の鍛冶に炭を運んでいた
鍛冶はお礼に自ら鍛えた刀を一振
炭商人に贈った
その帰り道荏田村の和泉谷付近で
休み、清水を飲んだら酒酔いの気分になって
眠くなり眠ってしまった

そのとき木の上にいた大蛇が
炭商人をひとのみにしようと下りてきた
とっさに刀が勝手にぬけて
大蛇を斬った

炭商人は命を助けてくれた刀を当地に
祀った

八岐大蛇伝説みたいで
おもしろい

この神社はこの辺りに多い杉山神社とは違う

ただ宮司さんは共通のようだ
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劔神社

ちょっと近くの真福寺に立ち寄った
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真福寺の左の道を登って行くと

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お稲荷様があった

今回の新発見








by gannyan1953 | 2017-01-07 17:09 | 港北ニュータウンの歴史・老馬 | Comments(0)

新春の浅草から吉原へ

歴史と素適なおつきあい番外編  2017・1・4

駒形堂


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今日は大好きな浅草まずは駒形堂から
この地は浅草寺のご本尊聖観音が網にひっかかり
打ち上げられた場所
船着き場があり船で参詣に訪れた人は
ここで船を降りて
最初にお参りしたのがこの駒形堂である

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駒形堂からみた景色

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境内にある古い碑
この碑、震災で埋もれてしまったのを
昭和2年に掘り出されたもの

浅草観音戒殺碑
といって
元禄5年(1692)にこのあたりで
殺生したらいけないという
御法度が発令された
その記念碑


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浅草文化センター
立ち寄ってパンフレットをゲット


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雷門から仲見世へ
少しいくと右の通りに
日本駄右衛門
弁天小僧菊之助
南郷力丸
赤星十三郎
忠信利平
白浪五人男の登場
探してみて下さい


知らざあ言って聞かせやしょう
で有名ですね

白浪五人男



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浅草の弁天堂

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ここには時の鐘があり
除夜の鐘で鳴らします

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観音のいらか見やりつ花の雲


芭蕉句碑


花の雲鐘は上野か浅草か



これは翌年の句でこちらが有名



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このわらじ足の健康を願ってと思っていたら
魔除けだそうだ

大きなわらじで重さ2500kg

仁王様の力をみせつけこんな大きな人が護っているお寺
であるという
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とても近寄れない浅草寺

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滝廉太郎のはとぽっぽ

歌詞もメロディも違うので
前で歌ってみて下さい

ぽっぽっぽ
じゃなく
はとぽっぽからはじまります

浅草寺左側 花屋敷に行く道の方に

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元禄時代からいらした阿弥陀様

存在を知らなかった
失礼しました

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日限地蔵尊
震災、戦災にもめげず残ったお堂
 浅草メロンパンを求める人の行列がすごい

あまーいにおいをかぐだけにして
反対側 浅草神社の方へ

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イチョウの木の足元はてきやさんがずらりと
並ぶ

このいちょう源頼朝が浅草寺にお参りしたときに
挿した枝から発芽したいちょうらしい
天然記念物だったが戦災で大半を失い指定を取り消されている
ところが今またよみがえっている
すごい
てきやさんの荷物置き場にして欲しくない

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待乳山聖天
の二股大根
大根を奉納するのだが
準備されてる大根はきれいな大根

以前それは艶かしい
二股大根を見た時は


これぞ聖天様にふさわしい夫婦和合の大根と
感激した

・・・だからちょっとエッチな神様だよ
って教えたのに・・・・


今では大根は体の毒素を取り除くから
健康にいいからと・・・

そうだったけ・・・

ちなみに一本250円で準備されている




奉納済みの大根はお持ち帰り下さいと
袋にはいって置かれていることがある

重いけど欲ツッパて
いただいてきた

美味しかったです



本日はありませんでした・・・


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賑わってましたから


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山谷堀

吉原に船で来たひとはここでおりて
歩いて行く道


吉原にちかづくと


土手の伊勢屋(てんぷら)並んでた

中江屋(さくら鍋)

を通り過ぎ

ジョーが待っている


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ジョーがいたのはこのいろは商店街ではなく

南千住に近い泪橋

でも今は交差点しかない

ジョーにさよならして


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もどって見返り柳

S字の衣紋坂

この道は江戸時代から変わっていない

連れが客引きに連れ込まれないよう

ガードして

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吉原神社・・吉原弁才天まできた

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関東大震災で多くの遊女が亡くなった
大門を開けなかったからといわれ非難されたが
そうじゃないという話が書いてある


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鷲神社

長蛇の列

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七福神と八社と両方あるから大変だ


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飛不動

酉年にはもってこいのお不動様

羽ばたくぞ・・・とお参り


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樋口一葉の記念館


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このあたりの門松
なかなかかっこいい


最後に行きたかった浄閑寺は
四時半でおしまい

間に合いませんでした




このあと

ちょっとディープな浅草散歩


もどうぞ

同じ道ですがちょっとディープな解説です









by gannyan1953 | 2017-01-05 18:29 | 東京都 歴史散歩 | Comments(1)

西郷さんから谷中新春散歩

歴史と素適なおつきあい番外編  2017・1・2

上野からブラブラ谷中まで伊豆の長八さんの鏝絵を見にでかけた
谷中七福神の間お寺さんに上がることができるので

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上野駅から西郷さんの銅像にむかう階段に
みたことないものが


川柳発祥の地の碑でした


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西郷さんは上野戦争の功労者だから上野に銅像が
あるんだって・・・

どこを見てるかって
大手町の将門塚
えー!なんでだろう


将門塚は靖国神社を向いてて
靖国神社の大村益次郎さんは
上野のお山を見てるんだって

地図で見てみたら

西郷さんと将門さんと大村さんの関係

なんででしょうね クリックして見てみて
三角関係だから・・・

将門さんがはいるとわけわからない
靖国神社の土地探しに将門さんが関係したのでしょうか

参照:TOKYO最強パワースポットを歩く!:鈴子 

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月の松
清水観音堂のこのくるりを作るのに三年かかったらしい
台風で倒れてしまい150年ぶりに復活!

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安藤広重:台東文化ガイドブックより


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弁天様の横にある大黒天堂

秀吉さんの持仏だったそうな

金持ちになれるかもと思いお参りした


東照宮の近くにあり・・天海さんはあえてここに秀吉さん鎮護のために
大黒天堂を作ったのか

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でっかいでっかいお化け灯籠


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上野大仏
関東大震災で首が落ち
胴体は太平洋戦争で金属供出して
頭だけ残った

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在りし日の大仏様 ウイキペディアより

現在レリーフになり受験生がこれ以上落ちないと
絵馬がいっぱい

気になったのは
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石だらけ・・・

パワーストーンなのか・・・

右横にお兄さんが立っていてどんな質問でも
お受けしますという

なんかの宗教なのかと怖くて
質問できない

謎である


白いのが水晶なら・・・ありえないか・・・


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上野公園一帯は寛永寺があった場所

国立博物館あたりに本堂があったとか

ひたすら天海和尚の作品で徳川のパワースポット


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大師堂に幸田露伴宅の門が・・・


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谷中七福神の長安寺

お目当ての鏝絵
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伊豆の長八さんの三代目の作品だそうだ


七福神のご開張のときに見ることができる


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観音寺の築地塀

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観音寺  

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観音寺は赤穂浪士ゆかりだった

この寺は昔長福寺といい、和尚さんが文良・・・文良は赤穂浪士の
近松さんと奥田さんの弟に当たる。
その縁で討ち入りの会合など場所を提供してもらったりした。

結構なゆかりです

もうひとつ築地塀は江戸時代のもので
明和の大火・・目黒行人坂の大火ともいわれ
坊さんの火事場泥棒のために放火された
その坊さんを捕まえたのが
鬼平さんのお父さん

坊さんは小塚原で火あぶりの刑にされた





谷中だんだんもさすがにお正月は人が多く
総菜をゲットしたかったが長蛇の列・・・あきらめた

柴犬朔太郎が待っているので帰宅








by gannyan1953 | 2017-01-03 18:53 | 東京都 歴史散歩 | Comments(0)



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