歴史と素適なおつきあい

奥州街道踏破 白河へ④の1

歴史と素適なおつきあい番外編   2013・10・4

4日目 芦野〜白川(白河駅)

芦野温泉は朝食時間が遅く、出発もゆっくりになってしまった。
9時出発

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芦野宿に入る 那須歴史探訪館方面に行く
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平久江家門
上級家臣にのみ許された格式の高い棟門。
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那須歴史探訪館
とてもきれいで、展示もわかりやすい。

入り口には、勝海舟の言葉が門柱に刻まれている。
小学校の門柱だったそうだ。

「愛惜精神留他日担当宇宙」
精神を愛惜せよ、他日宇宙を担当するにとどめよ

「蹉跎歳月問何時報答君親」
歳月を蹉跎すれば、いずれのときにか君親に報答するを問わん
蹉跎とは不遇、時期を失するという意味

親孝行は生きてるうちにしとけよって意味かな?


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庭にあった芭蕉像
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ストーンプラザの入り口
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宿はずれの新町のお地蔵様
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遊行柳に向かう奈良川沿い  どうもこの道が昔の街道らしい
西行や芭蕉が通った道ってことかな
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遊行柳
奥州街道歩きをしていると「奥の細道ですか」と聞かれる。
奥州街道という言葉は聞かない。江戸道だったり街道名が違うこともあるのだろうが、
圧倒的に芭蕉ファンが多い。土地の人も芭蕉の奥の細道という感覚が強いようである。

ここが一番人出がある場所だ。芭蕉の最期の地の大垣より人が多い(笑い)

さて遊行柳とは
室町時代文明3年(1471)時宗19世尊こく上人が芦野を旅して
ここで柳の精の老翁を成仏させた宗教上の伝説がある場所である。
古来から人が集まり、能楽、謡曲、紀行文にも取り上げられる場所である。
元禄の頃芭蕉が訪れ一躍有名になった。
「田一枚植えて立去る柳かな」
芭蕉が西行を想ってしばしその場にいたが、
早乙女たちが田植えを田んぼ一枚が終わったので、
立ち去ったという意味らしい。

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遊行柳の奥にある上の宮温泉神社
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数百年の樹齢のいちょう

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ベコ石
嘉元元年(1848)道徳振興のため、碑文で3500文字からなる石碑。
はじめの部分に牛首人身の炎帝神農氏が彫られているので、
ベコ石といわれる。
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神農
by gannyan1953 | 2013-10-04 13:37 | 栃木県の歴史散歩 | Comments(0)
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