歴史と素適なおつきあい

奥州街道踏破 白河へ④の2

歴史と素適なおつきあい番外編    2013・10・4

4日目 芦野〜白川(白河駅)

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このあたりから白河の関に向かい道が多くなる
義経が平泉に向かった道は伊王野から右の方に行く東山道で
今の奥州街道と別れている。
芭蕉は往古の白河の関を人に尋ねながら探したらしい。
結果白河の関のあった場所をつきとめたらしいが。

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泉田の一里塚
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足尾山の石碑 足の神様らしい。
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初花
初花の清水とある。
 「飯沼勝五郎、初花」夫婦のゆかりの清水という。
夫婦の墓は東海道の箱根の、鎖雲寺という寺にある。
兄の仇の相手を夫婦で追求めて、箱根権現の霊験のおかげで、見事本懐を遂げるという話だ。

この地に二人の足跡があった。
ある時、勝五郎の兄が、佐藤剛助という侍のために、何の遺恨か知らないが闇討ちに合い、
ついに悲痛な最期をとげてしまった。
弟の勝五郎は、我が一命に代えても必ず兄の恨みを晴らしてやると心に誓った。
そして、佐藤剛助の後を追って旅立ちました。
しかし、仇が見つからない。
棚倉領内に宿を求めて領内を隈なく探そうと決意して町内を歩いていると、
北町の行灯屋清兵二で会い、しばらく世話になって仇を捜した。
北町の行灯屋の初花という娘が好きになり夫婦になった。

幸せな生活を送ったが、勝五郎は足腰が立たない躄(いざり)になってしまった。
仇も討たずに暮らしていたことが天罰かと思い。初花は夫の手足となって仇うちに
でかけることになった。
「いざりぐるま」に夫を乗せてその途中ここに少しの間滞在したという。

清水の上に勝五郎が瓢箪の形に彫りつけた岩がある。  
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寄居大久保 境の明神

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かわごという。
革籠原(かわごはら)の防塁跡」
1300m言ったところに、家康の会津討伐で、上杉景勝軍が陣を築いたところである。
歩くと遠いので行けない。

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金売り吉次の墓
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義経が吉次の墓参りをして、立ち寄った八幡神社
by gannyan1953 | 2013-10-04 14:17 | 栃木県の歴史散歩 | Comments(0)
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