歴史と素適なおつきあい

秋山郷⑦

歴史と素適なおつきあい番外編    2015・9・17


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表紙 山の女より 

とねんぼで展示されていた「山の女」が図書館にあった。

山の女 秋山郷・焼畑の谷に生きた女の一生:白日社 1992年発行

想像できないような過酷な暮らしが淡々とあっけらかんと語られており、
女性がたくましく生きていく姿に感動しつつ、一気読みとなった。

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山田ハルエさん
山の女より

大正7年(1918)秋山郷上ノ原に生まれる。
鈴木牧之が秋山郷を訪れたのは1820年ころ、菊地山哉は1932年
それから昭和28年(1953)にようやく屋敷に電気が入り、
切明までの道路が開通したのも昭和28年、見玉までのバスの運行は
昭和38年・・・冬季の運行が始まったのが昭和60年・・・・
東京に出る時は見玉まで歩き津南で一泊したという山田寿章さんの話は本当だった。
雪深いときに東京に行かれたのだろう。

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信越 秋山郷 秘境探訪図より

話は志村俊司差の聞き書きというかたちになっているので
読んでいるうちハルエさんの語る声が聞こえてくる感覚になる。

驚いたこと
幼いとき着物が一枚しかなく洗濯している間
素っ裸でこたつにもぐり乾くまで待った

とにかく手のかかる稗を毎日朝食の為に
イススという道具で挽いてアンボを作る準備をしたこと

出産で、お腹をぶつけて沢山の血がでて意識を
失ながらも、産婆さんの助けで母子とも助かったこと

ご主人が発電所の発破でケガをして片目になってしまい、
それでも猟師を続けたこと

ご主人のケガの間生活が成り立たず民生委員に頼んで
生活保護を受けたが、まだ生活が成り立っていないのに
子供がいじめられ、不憫なので生活保護を断って頑張ったこと

などなど

ところでアンボとは
ソバやヒエで作ったがソバは高級品でおいしかったが、
普段はヒエアンボだった。

ヒエのイススふきは固くてなかなか粉にならず、
殻がとれるだけで薄い皮をかぶったままアンボにするが
食感はザラついてしまう・・・がまずいと言わず食べた


作り方
ヒエ粉をコネ鉢にいれ、お湯を入れて
耳たぶくらいの柔らかさにこねる

手を湿して丸め刻んだ菜っ葉(野沢菜)の漬け物を
中に入れて丸く仕上げる。直径10センチくらい。

それをいろりで焼いて食べる

あんぼとおやきの違い
あんぼは新潟では米で作るが、おやきは小麦粉で作る

ハルエさんの家は米、小麦は作らないのでヒエでアンボを作った。


読み終えて
ハルエさんを見習って、強くたくましくそして前向きに
残りの人生を送ろうと思った003.gif



















by gannyan1953 | 2015-09-03 14:26 | 長野県歴史散歩 | Comments(0)
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