歴史と素適なおつきあい

老馬谷ガーデン周辺の歴史

この辺りは、老馬谷と呼ばれていました
大昔から人が生活を営んだ歴史ある場所です
ご紹介いたします



古代の遺跡


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老馬谷ガーデンはE7遺跡の左下になります




このあたりの歴史は古く、旧石器時代から人が住んでいたといいます
ガーデンのすぐ近く老馬不動尊のあたりに老馬遺跡・鍛冶山遺跡がありました

老馬遺跡はE6 鍛冶山遺跡はE7です

いずれも縄文早期の遺跡で住居や動物の落とし穴など見つかっています


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街道

東名高速道路があることでもわかりますが
古代からの交通の要衝でした


「古東海道」がとおり、「足柄往還」ともいわれました
租庸調などの年貢を都に納めたり
遠く対馬や九州に行く防人が通る古代からの道でした

そして鎌倉からの「中の道」と交差するところに荏田宿があります

江戸時代になると大山街道といわれ
大山阿夫利神社をめざす人々で賑わいました

白装束で「六根清浄」と唱えながら行く人や

納め太刀といってちょっと粋でしゃれた男たちが
木の刀を背負って歩いて行きました

大山詣りです

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町旅より



老馬谷ガーデン近くに、大橋がありました
生麦事件のあと幕府は外国人襲撃の取り締まりのため
この橋のそばに番小屋を設置しました

昭和の改修で橋はなくなり
先の鍛冶橋を渡って荏田宿にはいることになります

荏田宿

そこには宿の庚申塔があります

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246号線に近づきますと
大山参りの常夜塔が庭先に保存されています
火事で宿は焼けてしまいこの常夜塔だけが残りました
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画家としても有名な渡辺華山は荏田宿の「升や」に泊まりました

荏田宿の飼い犬が狼に食べられてしまったという話を
華山は游相日記に書いています

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渡辺華山が旅の最初に宿泊した「升や」華山画




鍛冶山老馬不動尊

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今でも滝が流れています
岩の上にお不動様がいらっしゃいます
左側のお顔のないお不動様は
関東大震災でお顔を損傷されました



江戸末期、新潟からお不動様を背負って
この地にやってきた諦念法師が
大久保家に宿を借りました

ところが

気に入られその家の婿養子となって
背負ってきたお不動様をお祀りしたことが
はじまりです

今では中川の人々に守られています

鍛冶山の鍛冶は
大久保家の先祖が鍛冶をしたことに由来するそうです

大久保家のルーツ


「お不動さまといっしょ」大久保太一著によると・・・

先祖は武士で戦国時代からの言い伝えです

大久保重成という武士が一族郎党をひきつれ
大山街道から鎌倉街道を北に進み
稲城市矢野口の渡しから多摩川を渡り
狛江村に着きました

ところが俄に強盗(クモスケ)が現れ、馬上の重成が竹槍で殺されてしまいました

クモスケは家来に殺されましたが主人をなくし
路頭に迷いました

そこから10キロほど戻り
老馬の地の住み易さに
この地で一族は暮らすようになりました

馬の牧場をはじめ
じきに年老いた馬が死にました

死んだ馬は三幕堂入口に葬り供養したそうです

この話が「老馬」地名になったともいわれています

三幕堂は
土地の人から聞いた話では
三は産で、このお堂で昔お産をしたとも聞きました

家の中で女性はお産をしなかったのですね


200万年前の地層

早淵川の底は岩盤が多く、水が早く流れるので早淵川といわれた
という説があります

その石は200万年前の岩盤で大変硬い岩です
上総層群といわれ、関東平野の基盤となる岩盤です
老馬谷ガーデンから川を覗き込むと
岩盤をみることができます

中世の城
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荏田城址

鎌倉時代青葉区荏田町に荏田城がありました
城主は源義経の家来荏田源三といわれます

荏田城址は私有地なので見学はできませんが
江田の東名高速道路の陸橋近くで写真をとりました


詳しくは鶴見川の流域の考古学:坂本彰先生の本をご参考に


荏田宿を過ぎたあたりに義経から
譲り受けた馬の供養塔もあります
小黒谷戸庚申塔

馬の名は小黒(こぐろ)といいます

養老山真福寺

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荏田宿には創建は不明ですが
真言宗の寺があります
清涼式釈迦像という美しいお釈迦様が
おられます



刀と大蛇の伝説

劔神社は

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神社脇には鎌倉古道が通っていて
ヤマタノオロチ伝説を思わせる製鉄伝説が伝わります

陸奥から来た炭売りの商人が鎌倉の刀鍛冶に
炭を納めたところお礼に刀をもらいました
帰り道、商人はこのあたりの泉で喉を潤すと
酒を飲んだように眠りこけてしまいます
すると木の上の大蛇が下りてきて
商人を丸呑みしようとしたところ
刀がひとりでに抜かれ大蛇を斬ったそうです

助かった商人が村人に刀を預けたところ
宝刀として
劔神社のご神体となったということです

祭神は素戔嗚尊です


参考
鶴見川流域の考古学:坂本彰
中川の地名:吉野孝三郎
荏田村の地名:吉野孝三郎
お不動さまといっしょ:大久保太一
遺跡写真:埋蔵文化財
鶴見川・境川流域文化考:小寺篤
変わりゆく古里写真集・あざみ野・たまプラーザ・荏田の二十五年より
港北百話:港北区老人クラブ連合会
都筑の民俗
老馬遺跡:港北ニュータウン埋蔵文化財
HP城郭図鑑Wikipedia
歴史と素適なおつきあい














by gannyan1953 | 2017-12-28 21:03 | 港北ニュータウンの歴史・老馬 | Comments(0)
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