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歴史と素適なおつきあい

畠山重忠古戦場

中川歴史ウォーキング58   2020・11・21(土)
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頼朝の死後、権力争いに巻き込まれ、
この地で戦った武将「畠山重忠」の史跡を巡ります


集合:9:45 相鉄線「鶴ヶ峰」駅 改札口出たところ
   各停か快速が停まります。


鶴ヶ峰駅・・鎧の渡し・首洗い井戸・首塚・・畠山重忠公碑・・畠山古戦場「矢畑・越巻」・・清来寺・・六つ塚・・駕籠塚・・白根不動尊・・鶴ヶ峰駅

畠山重忠古戦場
二俣川から鶴ヶ峰あたりにある古戦場で、
二俣川古戦場、鶴ヶ峰古戦場、畠山重忠の乱など
名称がいろいろある。
鎌倉からの招集に深谷から「いざ鎌倉」へと
やってきた畠山重忠が、
謀反の疑いをかけられ、
鶴ヶ峰で鎌倉軍数万の兵に
討たれた内乱である。

畠山重忠は武蔵武士の棟梁として
御家人から信頼されており、
頼朝の死後、関東の行政権を持った北条時政にとって
目障りな存在になっていた。

八王子街道を二俣川まで来ると、
息子の重保が由比ケ浜で
謀反の疑いで戦死したこと、
そして北条軍がこちらに向かっている
ことが伝えられた。(wiki)

重忠は
「逃げずに戦う事が武士の本望。
逃げれば本当に謀反を企んだと誤解される。
そのような恥はかきたくない」

と北条軍を迎え撃つ事になった。

重忠134騎、万騎が原の地名が伝える
北条万騎(実際は数千騎だと思う)は
4時間の戦いを続け
最後は愛甲季隆(すえたか)の弓で
討ちとられた。(wiki)



畠山重忠
鎌倉幕府の有力御家人のひとりである。
本拠は深谷で東国武士として出身は平氏で、
その後源氏に仕え源義朝(頼朝の父)が
討たれると平氏になっていた。
頼朝挙兵の時は平氏として敵対したが、
後頼朝に下った。
頼朝は重忠を信頼していたが、
頼朝が亡くなると将軍擁立のため、
北条氏(頼朝の妻政子の父)は他氏を
排除しようと陰謀をめぐらす。
内紛が続き北条時政は次々に
有力御家人や将軍を排除して行った。
梶原景時、比企能員、2代将軍源頼家、
畠山重忠、和田義盛、三浦泰村たちである。

武勇の誉れ高く清廉潔白の人柄で、
坂東武士の鑑といわれた重忠を、
父の命令で討取った北条時政の
息子・義時は、謀反など起こす人ではないと
信じながら討取ったという。

その後、義時は父時政と牧の方を
追放する。(wiki)

「華やかな源平合戦、その後の鎌倉幕府誕生を背景に
権力の座を巡る男たち女たちの駆け引き──
源頼朝にすべてを学び、武士の世を盤石にした男 二代執権・北条義時。
野心とは無縁だった若者は、いかにして武士の頂点に上り詰めたのか。
新都鎌倉を舞台に繰り広げられる、パワーゲーム。
義時は、どんなカードを切っていくのか──」

(2022年NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」より)
作 三谷幸喜

鎌倉幕府の合議制の御家人が13人、
最後に生き残るのが北条義時です。

主役は北条義時です。

鐙(あぶみ)の渡し
帷子川を渡るときに鐙を頭に載せて
渡った。


首洗い井戸
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重忠の首を洗った。今はもうない。

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畠山重忠公碑

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昭和30年6月鶴ヶ峰と埼玉県深谷の有志により、
建立された。
近くにある水道道は旧16号線(八王子街道)と
帷子川に沿いながら野毛山にむかっている。
帷子川も流れを替え、井戸は川辺に
1m程の穴があり水が湧き出ていたという。
 
矢畑 越巻
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北条勢の矢が畑のように地面にささり、
腰巻きを巻いたようになり、
動けなくなったということか?

清来寺 浄土真宗本願寺派
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鶴遊山萬龜院と号す。
天台宗として厚木にあったが、親鸞の
順行により帰依し、
安貞元年(1227)に
浄土真宗に改め開山された。
寛永年間にここに移ったという。
山門は矢喰門(薬医門)で患者がいつでも
出入りできるように扉のない門だという。

観音塚の下に畠山重忠の観音が

埋められているというが、
観音塚がわからなかった。
19代住職が重忠の武勇を伝える
「夏野の露」という巻物を、
近隣の人たちから歌を集め
編集した。
(旭ガイドボランティア)

薬王寺 曹洞宗
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本尊は薬師瑠璃光如来。
畠山重忠霊堂と六つ塚がある。

六つ塚
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陸軍大佐栗原勇(佐賀出身)が重忠公を崇敬し、
畠山霊堂建立の発起人となった。
創建記念碑は昭和39年に立てた。(右側奥)
昭和5年に霊堂は完成したが、
戦後になくなり薬王寺の建て替えで、
合体された。




駕籠塚

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重忠の妻「菊の前」が合戦の知らせを聞き、

駆けつけ、重忠の戦死を聞き、

駕籠の中で自害した。

駕籠ごと埋葬され

「駕籠塚」という。

浄水場の中にあり大きな塚だったが、
ここに移された。
菊の前は北条時政の娘である。
親兄弟骨肉の争いの悲劇である。

(旭ガイドボランティアの会)


白根不動尊(白根神社)
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白根神社 上の方

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新編武蔵風土記縞によると、
源義家は不動尊を深く信仰し、
天喜年間(1053から1058)に
東北に向かう際、兜の中に不動尊像を納め、
出陣したところ勝利したと伝わる。
治承4年(1180)には、源頼朝が
戦勝祈願した。

この辺りは平安時代は榛ヶ谷御厨

(はんがやみくりや)といって

伊勢神宮に土地を寄進していた。

ここの名称は白根不動と白根神社の

共存する寺社である。

1333年新田義貞による兵火で、

不動明王座像も焼失した。

元禄7年(1694)畑の中から不動明王座像が出土し、

山の上に祀ったが、参拝しやすいように

山の下にも前不動として建てられたと思われる。



万葉歌碑

畠山重忠古戦場_b0228416_12291898.jpg

東国武士は強いと防人に多く

輩出している。


服部於由の歌


「わがゆきの、息つくしかば足柄の、

   峰はほ雲を、見と 偲はね」 


服部砦女の歌

 「わかせなを、筑紫にやりて愛おしみ、

  帯は解かなな、 あやにかもねも」

 
白糸の滝

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by gannyan1953 | 2026-04-09 18:33 | 神奈川県の歴史散歩 | Comments(0)
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