歴史と素適なおつきあい番外編 2022・12・29


やぎさんがお出迎え。

古く沼浜郷といい、
海が今より入り込んでいたので、
沼のような場所だったと思われる。
源義朝の居館があったという。
五霊神社は頼朝が勧請したという。
沼浜城址である。
「ぬはま」という。
現在地名は沼間「ぬまま」である。
ここに奥州の舞草鍛治が招かれ、
三浦氏の刀製作をしている。
相州鍛治の始まりである。
「テキトーに鎌倉散歩」さんに
沼浜城址から田越川で現在の船越町まで
船で行ってあと少し船を陸送して、
海に出ると房総半島に近くなる!
船越地名には船の陸送の意味もある。
大変納得する話だと思った。
船越も埋め立てをしたらしいので、
海が近ければもっと可能性がある。
鍛治に船便もあるいいお城だったのではないか。
法勝寺鬼子母神堂
沼間の五霊神社
関東に基盤を見出した義朝の居館があり、
長男悪源太がそばの光照寺に居館をおき、
その守りとして勧請したと言われる。
樹齢800年とも600年とも言われる
銀杏がある。
800年なら義朝か頼朝が植えたと思うのだが。
祭神は手力男尊・たじからおのみことで、
天岩戸に籠った天照命を
岩を動かしてこじ開けた力持ちである。