歴史と素適なおつきあい

清水谷から霊南坂の歴史散歩

歴史と素適なおつきあい    2019・3・8(金)

歴史に残る坂道や大名屋敷を訪ねます
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集合:9:50 半蔵門線 永田町7番出口方面改札口

赤坂見附
江戸城三十六見附のひとつで見張りの番所があった。

紀伊和歌山藩邸
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昔からあった道が今風になっていて
石垣が見える


寛永9年(1632)に拝領した。当初は中屋敷だったが、
麹町にあった上屋敷が火事で焼失しここが上屋敷となった。
廃藩置県で、和歌山藩主は知事を辞職し
上京してここに住んだ。
明治6年(1873)皇居だった西の丸が火事で焼失したため
この屋敷を皇室に献納し、金2万円を賜った。
また皇太后を近くにお迎えしたいと
のことで、南西部の地所も献納した。
この広大な土地は現在も皇室が東宮御所、迎賓館など
になっている。


大久保利道終焉の地

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大久保利通が殺害された清水谷近くに碑がある。

明治維新の元勲であり、西郷隆盛、木戸孝允と

並び維新の三傑と称される。

初代内務卿を務め実質の首相だった。

廃藩置県、版籍奉還をして中央集権体制を確立した。

明治4年(1871)には岩倉具視とともに

外遊し日本国家のあり方を学んできた。

国を強くするために私財を投げ打って行ったため
亡くなったあとは借金の山だったが、
遺族に返済を求める人はいなかったという。

禄を失った不平支族の恨みによる
暗殺だったというが、
惜しい人を亡くしたと私は思う。

霞ヶ関に住んでいた大久保が清水谷を通過したのは
御所が焼失し和歌山藩邸に移り住んだためであった。
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清水谷公園にある
司馬遼太郎によると大久保は
国家を強力にする事ばかり考えて
住む人々の水事情には無頓着で
用水のメンテナンスを怠ったという
江戸時代はそれぞれの役割を持った人々で
動いていたが文明開化で町の仕組みが変わったからだという
そうだったのか・・・



その先に紀尾井坂がある。
襲撃されたのは紀尾井坂ではなく
清水谷だった。

ニューオオタニは
彦根の井伊家屋敷跡になる。



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食違い見附
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東京トリップより
喰違とは
ジグザグの道にして通りにくくする虎口だそうだ

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弁慶堀を見下ろす





このあたりで岩倉具視も襲撃されている。
赤坂見附から日枝神社方面に南下する。

ここからは司馬遼太郎の
「街道をゆく・赤坂散歩」の
舞台にいく。

「このあたり一帯は中世の山城のような地形で
その坂上の平坦地が本丸にあたる。
そこにホテルオオクラがある。
以前このあたりを散歩して塀裏の小路に入り込み
小さな寺を見つけた。」

信州高田派の寺である。

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ここは陽泉寺 曹洞宗の寺

高田派とは、親鸞は越後に流されたあと茨城から
関東に来て栃木の真岡市高田の地に住んでいた武士が
親鸞に帰依し高田派の祖となった。
現在は津市の一身田というところに本山専修寺がある。
戦国時代に戦火で焼かれ津に移ったという。

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常国寺



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正福寺
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澄泉寺
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林誓寺





澄泉寺の末寺として常国寺・林誓寺・正福寺がある。
真岡から桜田村(霞ヶ関)にやってきて
幕府ができると赤坂台に移され、
アメリカ大使館の敷地も寺のものだったという。
住職の名前は桜田という。
司馬遼太郎はそこに感動し、
古い東京人と言った。

外国人が多く住むマンションがあり、
出会った人はみな外国人と警官だった。

ホテルオオクラ
南に江戸見坂があり、江戸の町並みが見えたという。
東に汐見坂があり、江戸時代はじめには海が眺望できた。
幕末には川越藩屋敷があった。
西に霊南坂があり、江戸時代のはじめ高輪東禅寺が
嶺南庵としてここにあり、
開山嶺南和尚の名をとったが、
いつしか嶺が霊になった。

アメリカ大使館と大倉集古館の間が
霊南坂である。

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今年秋まで改築中

アメリカ大使館
常陸牛久藩邸だった。
写真はとれません!

共同通信会館
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肥前佐賀藩邸だった。

虎ノ門金毘羅宮
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祭神:大物主神・崇神天皇
讃岐の丸亀藩主だった金毘羅宮を藩邸だった芝に勧請、
延宝7年(1679)に江戸城の裏鬼門にあたる
現在地に遷座、江戸の人々はお参りを強く要請し
毎月10日に藩邸内の金毘羅宮に参拝を許可していた。

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溜池櫓台

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外堀の展示室










# by gannyan1953 | 2019-02-03 11:20 | 東京都 歴史散歩 | Comments(0)

高橋是清さんすごい!

歴史と素適なおつきあい番外編

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 高橋是清

2月のウォーキングは「麻布大観音のパワー」をいただきに行く

途中 高橋是清翁記念公園に立ち寄る。

日経新聞の記事にすごい人生が載っていた。

歴史学者 本郷和人さんの記事である。

奴隷には驚いたが
アメリカ行きは13歳
船でお酒を飲んでみせたという
13歳までに
女の子にいたずらまでする
悪ガキだったようである

帰国してから
ペルー銀山への投資やら、
畜産事業にも手を出し、
銀相場にも手を出した

これら全部失敗!

芸者のヒモになったこともある。

でも日銀では海外の投資をもらうために
尽力している

日露戦争の資金繰りに困り
イギリスの銀行家や
ニューヨークで活躍するユダヤ人から投資してもらった。

日本は必ずロシアに勝つと言ったらしい

結局日露戦争の影の立役者は高橋是清だった

英語の先生を2度程したが、

教え子に

辰野金吾や
正岡子規もいた。

だまされやすい人柄

かわいい人だったのかもしれない

以下

「麻布大観音でパワーをもらおう」
の記事

「だるまさん」の愛称で親しまれた
高橋是清邸があった場所である。
2000坪あった。邸宅は東京たてもの園に
移築されている。
高橋是清は大蔵大臣を6回も歴任し、
内閣総理大臣にもなっている。
日本の経済を何度も立て直し
大蔵大臣として評価されている。
江戸末期仙台藩士の子として生まれたが、
母は正妻ではなく足軽の高橋家にもらわれた。
勉強がよくできたのでヘボン塾に通い、
アメリカ留学をするが、意味もわからず
書類にサインをして奴隷として
その家の使用人に50ドルで売られた。
働く間英語も勉強し、なんとか奴隷の
契約書を破棄する事ができた。
帰国するがが維新後のことで
仙台藩は逆賊となっていた。
そこで治外法権のある外国人として
入国し、サンフランシスコで出会った
森有礼の紹介で文部省に入省、
それから総理大臣にまでなった人である。
2・26事件で殺害される。
インフレが起きそうな経済立て直しに
軍部の予算を減らそうとした事から
2・26事件の標的となった。








# by gannyan1953 | 2019-01-27 11:43 | 東京都 歴史散歩 | Comments(0)

映画 この道

歴史と素適なおつきあい番外編  2019・1・23


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気づいたら映画「からたちの花」あと2日でおしまい!

童謡誕生100年を記念してつくられた映画。

私たちは、「からたちの花」というグループ名で
篠笛とピアノの伴奏で演奏している。
 
映画の冒頭

白秋が亡くなり10周年の演奏会が
小田原で開かれた。

最初に「からちの花」アンコールは「この道」

あらあら私たちの企画通りの曲目。

困ったような嬉しいような。









小田原の道はとても好きだが小田原の観光協会には

地図もない

今回の映画で
人が多く歩いてくれるといいな

白秋には3人の妻がいる

一番目の妻は映画に出てくる敏子さん

ほんとに美しい人だったようである

白秋は不倫した

敏子さんの夫に姦通罪で訴えられ逮捕される

白秋が留置された拘置所は市ヶ谷にあった






このブログの刑死場とあるところである

その後敏子さんと結婚し三浦半島に
住んでいた時
「城ヶ島の雨」が書かれた

敏子さんは
白秋と別れたあと、
国立音大の舎監になっていたようである。


2番目は章子さん。

貧窮生活も一緒に過ごした奥さんだが、
どうも不倫したらしい。

白秋は許さず離婚。

離婚後、章子さんは最初は柳原白蓮をたより、
その後も結婚したり離婚したり
お寺に入ったり、
最期は精神に異常をきたした。
激しい人生だったようである。

3人目は 菊子さん。
普通のあたたかい家庭というものを築いた人で
晩年、白秋は幸せだったのだろうか。

ところで、
演奏していてだんだん恐ろしくなってくる曲がある

曼珠沙華」とかいて
ひがんばな

映画に出てきた


ラジオ放送だったと思うが

当時どのような気持ちで聞いたのか
知りたかった

ゴンシャン ゴンシャン どこへ行く
赤いお墓の 曼珠沙華(ひがんばな)
今日も手折りに きたわいな

ゴンシャン ゴンシャン 何本か
地には七本 血のように

ちょうどあの児の 歳の数

ゴンシャン ゴンシャン 気をつけな
一つ摘んでも 日は真昼

ゴンシャン ゴンシャン なし泣くろ
いつまで取っても 曼珠沙華
曼珠沙華

恐や赤しや まだ七つ


ゴンシャンは良家の子女という意味である

好きだったお嬢さんの成れの果て・・辛い姿なのか

発狂した良家の子女か、

白秋自身の恐怖から来る妄想か・・・

梅若伝説の子を思い探し求め
狂女となった母の姿か


どんな解釈をしていいのか

ずっと考えている
 
さいごに


彼岸花 「雪と花火」より

作詞 北原白秋
作曲 宮原禎次

 
にくい男の心臓を 針でつかうとした女
それはいつかのたはむれ、晝寝のあとにはつとして

今日も驚くわが疲れ 

にくい男の心臓を 針でつかうとした女
もしや捨てたらきつとまた どうせ濕地しめぢの彼岸花

蛇がからめば身が細る

赤い濕地の彼岸花 午後の三時鐘が鳴る

こんなの見つけた

彼岸花 曼珠沙華
両方書いていた

これもおどろおどろしい・・・・










# by gannyan1953 | 2019-01-25 09:56 | 神奈川県の歴史散歩 | Comments(0)

70YEARS LIVE 『OLD GUYS ROCK』に行ってきた

歴史と素適なおつきあい番外編 2019・1・20(日)


またまた縁あってジュリーの
70YEARS LIVE 『OLD GUYS ROCK』に行ってきた

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2時半
武道館へ

ジュリーの声は変わらなかった
長くのばすと少しダミ声になるが
きれいな声で歌っていた

感動した

太って悪いか・・
もう70歳なんだから
好きに行きたい

共感しました

ありがとうございました
勇気がでました

ジュリーの前に
歴史散歩

まずは平将門様の築土神社へお参り

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九段下にくるとできるだけお参りしている

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奥にある石碑が今日のお目当て

太平洋戦争の空襲の時
当時の社司さんが世継稲荷のご神体を抱えたまま
焼死されたそうで

南無阿弥陀仏


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世継稲荷


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九段会館工事中
九段会館は東日本大震災で被災し
人も亡くなっている

2・26事件にもかかわり
歴史的建造物だが、完全取り壊しではなく
一部保存の形で再建されるらしい

靖国神社
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気になった場所
本殿の左にある
ちょっと見辛いが

囲われた地面に注連縄

他の神社での記憶では
神聖な場所で

神が降臨したりする場所

と記憶している
どちらかというと古代祭祀に近いものだ

靖国は新しい・・・

そこで聞いて見た

靖国に入っている御霊を
「しょうこん」する場所だそうだ

私は「昇魂」と受け取ったが、
あとでよく考えたら
「招魂」だったのか

鎮霊社や、御霊社と近いが、違う場所にある

靖国神社の境内案内には載っていない

もう少し調べる必要があるが、
ネットにはのっていさそうである。

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神道無念流

斎藤弥九郎が開いた練兵館跡で
靖国神社ができるため立ち退きをした。
長州藩の桂小五郎(木戸孝允)高杉晋作、伊藤博文
品川弥二郎など門下生だった













# by gannyan1953 | 2019-01-21 14:31 | 東京都 歴史散歩 | Comments(0)

ファントム 宝塚

歴史と素適なおつきあい番外編   2019・11・16


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今日は縁あって 宝塚「ファントム」を観劇してきました。

望海風斗さんの舞台でオペラ座の怪人のお話です。

原作とは違うお話になっていますが、
とても話の筋と、気持ちがよくわかり、
涙を流しながらの観劇でした。

歌も踊りも素晴らしく
上質なミュージカルをみてきた感じでした。

8800円は安かった!

日比谷ミッドタウンでお茶してきました。
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帰宅したらなんと
武道館の沢田研二さんのチケットが
手に入るという知らせ。

是非是非
行ってきます!

久しぶりのジュリー!

お会いできる日を
楽しみにしています。




# by gannyan1953 | 2019-01-16 20:24 | 東京都 歴史散歩 | Comments(0)



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